2024年8月25日

健気な子犬

 (記憶が語るのは終わり、まだ見ぬ未来が語り始める。

その時、本当の安寧が訪れる)


僅かな希望を託し、一日をやり過ごす。

ゆっくりと見ていたいからと、再生速度を半分落としたら今まで聞いたことない音に気づいて怖くなる。

あなたのことも、じっくり見てはいけませんか。

「大切にする」とはこれではないですか。

早送りもだめでは、とっても生きづらいです。




2024年8月21日

無造作に動き回る命たち

 意味を知りたいわけじゃない。本質を知りたい。

私のささくれが剥けたこの時、この瞬間までの時の経過全てが、ただの偶然の積み重ね。

ただの偶然が偶然をうみ、今の今まで偶然だけが存在していたのだ。

意味はただ私がつけたに過ぎず、本質という客観的事実を捉えない。

人はただ偶然に感謝し生きる。

数多ある感情の海は、偶然という雨が積もった自然現象。

2024年8月19日

普遍であることの無意味さ。

 綿よりも柔らかい布で、体の内側そっと包むとき、

欲なのか、悲鳴なのか、独り言なのか。

私から何かが現れます。


猜疑心の塊でときに、自分の存在を否定したくなります。

片方に愛を向ける時、もう片方に殺意を向けるのです。

不完全な私はそれでもまだ生きていたいようです。



2024年6月26日

便座の温もり、人の温もり

 決まっていて、時が来たら進む。

物事は人智を超えた存在が操る。

3秒前の自分すら記憶から流れていくのは、

意思が重要ではない証拠か。

いま、決定論じみた雰囲気に飲まれている。

2024年6月2日

夢を歩く、長いえりあし

 体の内側、臓器を圧迫するプレッシャー。

意図しない体の反応。

チャンス。