2026年8月19日

苦悩の宙

 雨粒一つ、そしてまた一つ。舌打ちをするよう地面を打ちつけ、やがて視界を覆っていく。

遠くになる雷が、祭りの花火に似た音を放ち、現実と非現実をごちゃ混ぜにする。

8月、気の抜けた破裂音を聞くと田舎の祭りに意識が傾く。

小さな体にとっては大きな祭り。

大きな体にとっては小さな祭り。

そんな当たり前を用意して、腑抜けた火花から心を守る。

悩んでいる。苦しみを通り過ぎ、苦悩の宙を彷徨っている。

問題は一つや二つではない。

この雨の如くまるで無限に湧き上がる。

悩むことは悩みではない。

大事なこと、悩めることは幸せだという視点を持つ。

体力が効かないから、考え方を変えるしかない。


実は楽しみなことがある。

私の精神は何処に向かうのか。正しさとエラーが充満する部屋が遥か遠くに掠れて見える。

やっとこ、この私という核を掴めつつある。

ここ何年もの間、影を潜めていた私。

実体であることに呆れ、思考を巡らすことに呆れ、

そして今、ここに少しずつ黒くなる私。

生まれかわりのよう、でも新鮮は何もなく、

諦観が過ぎたゆえ、死から逃れるよう、魂が姿を見せる。

生まれ変わり、この私は何を見つけるのか、そんなことが楽しみに思える。

ただ、明日は晴れる。そして

悩みの雨はいずれまた降る。



2026年8月17日

終わりを知った少年

 答えが見えた、完璧といえる。

それは愛だった。

古代から紡がれてきた言い伝え、愛が全てだった。

思考を止めた先に愛があったとも言える。

しかし愛には当然、苦も含まれた。

私は愛が一番だと言った。

手前、愛が含む恐れに慄いた。

残虐すら包摂しそれでもなお愛が全てと言い切った。

それほどの愛を見たのか、はたまた私に貯められていた愛が枯渇したのか。両方だ。

しかし出たのだ結論が。

愛で賄えた。あの痛みもこの幸せも、あの眼差しも。

この結論、自力で辿り着いた自分が少し誇らしい。

これは決して、目で見えるものだけを見てきた人には辿り着かない世界なんだ。私は盲目か。

愛は盲目すら包含した。

放棄とも言える。何故なら愛は放棄すら包んだ。

逃げなのか、困った。困ったことに逃げることすら愛は許した。

愛が全てだった。私がいくら言葉を費やしても愛は靡かなかった。天と地、左右、愛は何処にでもいた。


確かな一つの結論だった。この先のこと少し思ってしまった。愛の先。

そこには、今は何もなかった。今は。

愛の先、今は何も、いや少し寂しかった。

愛の先、寂しさが灰色の風、薄っすら吹いてる。

これは見たくないけどみたい、ちょうどこの時期、夏から秋へ、そんな寂しさが私を困らせた。

ひどく打つ雨と息苦しい暑さ、ひとごとの災害と実は不安定な幸せ。

今の私、今の私と言える実感、ここ最近無くしてた自分、秋への変わり目が、その切なさが私に色をつけた。藍色に似た。